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神明神社 瑞浪市日吉町白倉下中組

日吉町白倉下中組 神明神社

瑞浪市日吉町1937(白倉)
【祭神】天照大御神
【例祭日】10月下旬日曜日
【由緒】鳥居をくぐり、樹勢盛んな杉の杜の中の参道を塗ると、かつて拝殿の建っていた広場に出る。広場の右手に玉垣門と社殿が設けられ、小規模ながらよく整えられた境内になっている。一番古い棟札に「寛文二年(1662)奉上御神明守護所 小栗彦十郎 願」と記されていて、約330年前に小栗家により奉祀されたものだが、安永の頃(約230年前)からは、組中の産土神として祭が行われて今日に至っている。
 老朽化した拝殿を取り壊した後も、烏居の前に席を設け、厄日の安全祈願と直会が続けられている。なお、神社の近くに蛭子川という細流があり、そのほとりに地蔵寺が祀られていて、供花が絶えないなど、伝統的に神仏への信仰心の篤い土地柄であり、神域は常に清浄に保たれ、杜の樹々も実によく手入れされている。
(岐阜県神社名鑑より)

祭神 天照大御神(あまてらすおおみかみ)
神明神社
瑞浪市日吉町1937番地(白倉下中組)

神域の清浄守る信仰心
 白倉雨降(あめふり)辻から左の道を少し進むと、右手の路傍に阿彌陀如来と深彫りした立派な名号塔が立っており、傍らに2体の石仏があります。この2体は、近くの急な崖を登った岩陰に安置してある三十三所観音の一番と二番の観音様です。岩陰へ登る道の途中には、大きな金毘羅燈籠も建てられています。
 ここから百メートルほど進むと左手へ入る道があり、それを行くとすぐ右手に神明鳥居が立っています。これは笠木も貫も円柱状で、下組の神明神社の鳥居と同型同大、奉納の年も同じですから、両組で相談していっしょに建てられたものではないかと想像されます。
 鳥居をくぐり、樹勢盛んな杉の杜の中の参道を登るとかって拝殿の建っていた広場に出ます。広場の右手に写真のような玉垣門と社殿が設けられ、小規模ながらよく整えられた境内になっています。
 一番古い棟札に「寛文二年奉造立御神明守護所 小栗彦十郎 願」と記されていますから、約330年前に小栗家により奉祀されたものですが、安永の頃(約230年前)からは、組中の産土神として祭も管理も行われて今日に至っています。

厄日のお籠り
 「二百十日には、大人達が一重堤げてきて安全祈願をした後、拝殿に籠って賑やかにやってみえるのがうらやましく、子ども達だけで内緒で真似をしていて、たいへん叱られたことがあった。」 と、戦前の話をして下さった方があります。この組では、老朽化した拝殿を取り壊した後も、集会所で厄日の安全祈願と直会が続けられています。
 なお、神社の近くに蛭子川という細流があり、そのほとりに地蔵尊が祀られていて、供花が絶えないなど、伝統的に神仏への信仰心の篤い土地柄ですから、神域は常に清浄に保たれ、杜の樹々も実によく手入れされております。
(瑞浪市の神社[H10発行]より)


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