■ 神社, 〇瑞浪地区

下山田 八幡神社

令和5年 元旦


令和4年 元旦



下山田 八幡神社 木鳥居(2019.4取り壊し)の放射性炭素年代測定の結果がでました。

 下山田 八幡神社の木鳥居は、貞享3年(1686年)に建てられたとされています。その時代は江戸時代、徳川綱吉が5代将軍として国を治めていた頃です。
 放射性炭素年代測定の結果では、樹齢168年のケヤキの木を1622~1673年の間に切られたことになっており、ケヤキの木の乾燥期間は正確にわかりませんが、1686年に作られた裏付けの一つになるかと思います。

※以下報告書抜粋


山田 八幡神社 木の鳥居の最後の姿(2019.4.23取り壊し)

八幡神社の前にある、けやきの柱の両部型の木鳥居が取り壊されました。

貞享3年(1686年)に建てられたとされるこの鳥居ですが、以前は大きなイチョウの木と大杉がたっていた「鳥居様」の場所にあり、平成13年(2001年)に灯篭とともに八幡神社のたもとに移されました。

鳥居の額面には、「文政八乙年(1825年)八月、神誓寺洞水法師慶需遠斎書」とあり、寛文8年(1668年)に八幡神社の南側の下に開山された八幡山神誓寺の住職が書かれたものです。この鳥居が建立された当時は釜戸村領主馬場大助の書でしたが、打廃せられ変えられたものであると言い伝えられています。

鳥居は、もともとは木造物でしたが平安時代後期から石造のものが造られはじめ、市内にある木の鳥居は、小里の八幡神社だけになります。

・旭王子と下山田の歴史(旭王寺 檀信徒会発刊)より(モノクロ写真:故有賀市造氏提供)


令和三年 元旦



○祈年祭 4月
今年も災害がなく平穏無事で五穀豊穣・商売繁盛・家内安全を祈願する大祭であります。

○例大祭 10月
この神社の最も重儀で盛大な例大祭であります。1ヶ月位前より準備に入り、氏子全員でお祭りを行います。例大祭に併せて初宮祭・厄除祭を行います。

○新嘗祭 11月
今年の無事、平穏を感謝する大祭であります。新穀を神前に献って、神様に今年中最後まで見守って下り、又来年も良い年であることを祈る大祭であります。

○歳旦祭 1月1日
今年の新しい年が佳き年であることを寿ぎ奉る歳旦祭を行います。

下山田 八幡神社

瑞浪市山田町468
【祭神】誉田別尊·大帯姫命,大鷦鷯命
【例祭日】10月15日に近い日曜日
【由緒】寛文8年(1668)、南側の地に八幡山安楽院神誓寺を建立して社僧を居き、法印法師たる身分をもって、弔事を除く神仏祭事一切を司って七代、約200年を経て、明治初年神仏分離令が制定され、以前の行為はすべて排除され、神官をもって神徳高揚に任ぜられる。明治6年神社諸制度改革の折当宮も八幡神社と社名を改め、社格を村社に指定される。戦後奉幣制度が変更になり、当神社は白幣社と定められた。主祭神、応神天皇、譽田別之尊 副祭神、神功皇后、大帯姫之命、副祭神、仁徳天皇、大鷦鷯之命、この母子三柱の大神は常に親和協調の大神心をもって上下万民の幸を一つとする政を施され、また特に文武の守護神であり、後世までも御神徳を慕って乞祈り奉られる大神である。創立は弘治3年(1557年・古文書によりこの年を創立年と定める)。以後八十年を経て寛永15年(1638)に本殿が再建された。その時の棟札が現存する。


(岐阜県神社名鑑より)

祭神 応神天皇(おうじんてんのう)(誉田別尊[ほむたわけのみこと]) 副祭神 神功皇后(じんぐうこうごう)(大帯姫命[おおたらしひめのみこと]) 仁徳天皇(にんとくてんのう)(大鷦鷯命[おおささぎのみこと])
八幡神社
瑞浪市山田町468番地

祖先より引継がれて来た鎮守の杜
 旧道に貞享3年(1686)に建てらされたとされる、欅(けやき)の柱の両部型の木鳥居があり、欅製の額表面には八幡宮、裏面には文政8乙酉年(1825)8月、神誓寺洞水法師慶需遠斎書と刻字された額が上げられております。
 この鳥居が建立された当時は釜戸村領主馬場大助の書でしたが、打廃せられ、変えられたものであると言い伝えられております。
 かつては田圃の中を一筋の参道が、万尺川の宮前橋を渡り真っ直ぐに延びておりましたが、現在は開発され、昔の面影は、僅かとなりました。
 正面の石鳥居をくぐり、急勾配の石段百五段を上がると、拝殿、幣殿、その奥に、間口4.2メートルの大きな本殿があります。

神仏習合のお宮
 当神社創立は、古文書「小里記」中に、「弘治3年(1557)下山田住人安藤東左衛門の子、又七郎が大明神森下にて殺された」と書かれていることにより、弘治3年以前にお宮が祀られていたと推定されます。また、棟札に「本願主、岩島清太夫、土屋利兵衛重家、南無大日本國山田村八幡宮御宝殿再造立之処敬白、寛永15戊寅年(1638)8月」と記されており、それ以後、八十数年経った後に再建されていることがわかります。
 神社の南下の処に、当宮の守り寺として八幡山神誓寺(じんせいじ)が舜栄法師により、寛文8年(1668)に創建され、この頃から、本格的に神仏習合の宮となったと思われます。
 神誓寺跡地は現在は畑になっており、古井戸が残っております。神社の南山の山頂には社僧の墓碑が静かに立ち並んでおります。
 八幡宮が、明治6年、村社八幡神社と改められ、本殿の屋根は桧皮葺であったので、三十年から四十年ごとに葺替(ひわだぶき)えられた棟札が数多くありますが、平成六年、特志寄付等により、銅板葺に葺替えられ、同時に修理も行われ、鎮守の杜としての偉風と、伝統ある祭事を守り続けております。
(瑞浪市の神社[H10発行]より)


2017.4.27 陶製狛犬 瑞浪市有形文化財指定 下山田 八幡神社

瑞浪市内で制作年がもっとも古いとされる下山田 八幡神社の陶製狛犬一対が市有形文化財に指定されました。
口を開いた阿形像が高さ36.5cmで吽形像が高さ35.8cmです。
江戸時代中期1708年(宝永5年)に八幡神社に奉納されたものです。
1995年8月に盗難にあい所在不明でしたが、2015年11月に東京都内の骨董商により八幡神社にもどってきました。
現在は、瑞浪市陶磁資料館にて一般公開されています。


2017.4.27 中日新聞


狛犬宮帰奉告祭

 平成7年8月に盗難にあった狛犬が20年ぶりに帰って来ました。東京の骨董屋を転々としていましたが東京都葛飾区亀有にて骨董商を営んでおられる長崎様が10月に遠路遙々持ってきてくださり御寄付頂きました。歴史のある307年前の作で、御深井釉焼としては大変古いものであると云われています。高さ38×幅20センチメートル。背の刻字は「濃州土岐郡下山田村 八幡宮御宝前 宝永五戊子年 霜月吉日」とあり、江戸時代(1708年)の作。平成27年11月 狛犬宮帰奉告祭がおこなわれ、地元氏子によって今後も狛犬は守られていきます。

八幡神社狛犬-新聞

八幡神社 (3)

改装前の姿

● 瑞浪市山田町468番地
●  JR瑞浪駅下車 タクシー7分 中央自動車道瑞浪ICより7分