弘法大師を祀る正方形の観音堂です。傍らには弥勒や阿弥陀など多くの石佛が置かれています。
御本尊/聖観世音菩薩
所在地/瑞浪市稲津町小里羽広
お問合せ/瑞浪市観光協会 TEL.0572-67-2222
稲津町小里 羽広観音堂
四角型燈寵
角竿
小里羽広観音堂境内
H182cm 基壇二段H39cm
刻銘
竿部 奉建立 夜念佛連中
寛政八丙辰(一七九六)七月十四日
手洗石
小里羽広観音堂境内
自然石加エ
上W57cm 上D34cm
刻銘 なし
聖観音
小里羽広観音堂境内
舟形光背浮彫立像
H51cm
刻銘
寛政二戊(一七九〇)三月 日
講中六人
上部欠損
聖観音
小里羽広観音堂境内
舟形光背浮彫立像
H55cm
刻銘
嘉永己酉(一八四九)九月十八日
千手観音
小里羽広観音堂境内
舟形光背浮彫立像
H51cm
刻銘
文化十三天(一八一六)七月十八日
「中央で折損補修しあり」
名号塔
小里羽広観音堂境内
板碑形
H115cm W44cm
刻銘
南無阿弥陀佛
享保三戊戊年(一七一八)
名号塔
小里羽広観音堂境内
山状角柱石
H67cm W21cm D19cm
刻銘
南無阿弥陀佛
天保九戊戊 (一八三八)三月八日
沢井佐仁良
鈴木平吉母
和田宗助母
名号塔
小里羽広観音堂境内
自然石
H123cm W30cm
南無阿弥陀佛
天保十三寅(一八四二)霜月
善光寺念悌連中
名号塔
小里羽広観音堂境内
自然石
H146cm W64cm D65cm
刻銘
南無阿弥陀佛
寛政八丙辰(一七九六)七月吉日
念佛供養塔
霊場供養塔
小里羽広観音堂境内
山伏角柱石
H154cm W42cm D40cm
刻銘
奉納
西国三十三所
明治二十年丁亥(一八八七)三月十八日
世話人
渡辺 幸助
熊沢竹五郎
和田 藤吉
台石に
観世音講中
(稲津の石造物より)
念仏供養碑
稲津町羽広観音堂(寛政八・一七九六・自然石碑・念仏供養塔・名号とも)
羽広観音堂のものは「南無阿弥陀仏 寛政八丙庚七月吉日」とある。立派なもので、筆跡も実に見事なものです。隣接した両村の村人たちがそれぞれの村の安全を祈って競って建立したのでしょうか。
名号碑
稲津町羽広観音堂(元禄十六・一七〇三・剣型碑 ・元禄十六癸未歳〇月)
稲津町羽広観音堂(寛政八・一七九六・自然石碑・丙辰七月・念仏供養塔)
稲津町羽広観音堂(天保十三・一八四二・自然角柱・寅霜月・善光寺念仏連中)
西国三十三観音霊場順拝記念碑
稲津町羽広観音堂(明治二〇・一八八七・角塔・西国三十三所(大型角塔))
羽広観音堂の善光寺念仏碑
稲津町羽広観音堂(天保十三・一八四二・善光寺・名号・善行寺念物連中)
万霊塔
稲津町羽広観音堂(天保四・一八三三・弘法・三界万霊(弘法の台柱部))
灯籠
稲津町羽広観音堂(寛政八・一七六九・単・円)
羽広観音堂は昭和五十八年四月に出火しましたが神仏の加護で絵天井などを焼いただけで全焼を免れ、堂宇・石仏は勿論以前のままです。
入口右手の元禄十六年(一七〇三)の名号碑をはじめ延享二年(一七四五)らの地蔵尊、寛政二年(一七九〇)らの観音石像、同八年の念仏供養塔、明治二十年の大型の西国三十三所碑らがあります。
小里の和田月洞も郷土画人の一人で、彼は弘化三年羽広観音堂の再建時に四八枚からなる絵天井を描いて花を添えている。
念仏供養塔
稲津では羽広観音堂の元禄十六年(一七〇三)ほかの三基のものが古く立派である。