■ 神社 神様

稲荷神社 瑞浪市土岐町名滝

土岐町名滝 稲荷神社

瑞浪市土岐町3534
【祭神】豊受大神
【例祭日】10月第3日曜日
【由緒】名滝神社が創建されたのは明和5年(1788)と伝えられている。本殿の奥にある「奥の院」といわれる巨大な岩の間に「稲荷大明神」と彫られた立派な岩の祠が建っており、ここが稲荷神社を初めて祀った場所ではないかと言われている。この岩屈の中には稲荷大明神(明和5年)多賀大明神(嘉永6年)秋葉大権現(年号不詳)の3社が祀られている。
(岐阜県神社名鑑より)

祭神 豊受大神(とようけのおおかみ)
稲荷神社
瑞浪市土岐町3534番地(名滝)

神社入口に石の橋脚台
 この稲荷神社には鳥居がありませんが、入口近くに大きな石の台が置いてあります。
 これは、以前土岐川に架けられていた木造橋の橋脚台です。鉄筋コンクリート橋に架替えられた時、川底に残しておくのは忍びないとの人々の思いで、ここに移されました。昔の人のやさしい気持ちが、ここにも残されているのです。

岩屋に石祠を建てて創建?
 創建を記した棟札は残っていませんが、明和5年(1768)と伝えられています。
 本殿南側に巨大な岩があり、その前に彰忠碑や従軍碑が並んでいますが、その巨岩に添って少し進むと大きな岩屋の前へ出ます。
 そこに、稲荷大明神と彫った立派な石祠が祀られ、明和5年と記してあるのがわかります。おそらく、この石祠をここに祀ったのが当稲荷神社の始まりだと思われます。
 岩屋の中には、明和、嘉永の年代を記した他の石祠もあり、森厳なふんいきがただよっています。
 現本殿は銅板葺流造で、千木、鰹木の取り付けられた立派な造りで、大正13年に東宮殿下(昭和天皇)御成婚記念として建てられたものです。
 なお、末社の津島神社には、天保6年(1835)の棟札が残っています。

昔は籠所で奉納舞
 広場をはさんで拝殿の向かいに、間口19.8メートル奥行13.2メートルという大きな籠所があります。梁や桁は一抱えもある太い材で、一本の通しになっている見事なものです。
 昔はここでお籠りをして神様に祈ったり、例祭日には舞台となって踊りや演芸が奉納されていました。
 現在は、お籠りも舞の奉納もされていませんが、地域子ども会の行事や「じゃがいも祭り」に使われています。
 じゃがいも祭りは、「生活ホームじゃがいも」と「手をつなぐ親の会」というグループが主催して、子供たちに楽しい一日を過ごさせる行事です。
 時の流れに沿って、境内や籠所が活用されるのも意義あることといえるでしょう。
(瑞浪市の神社[H10発行]より)

名滝稲荷神社の舞台(籠所)と名滝橋橋脚台

 この舞台は江戸時代の終わり頃この区内の字西半入道のお墓の近くに建っていたが、台風によって倒れたため、明治10年(1876) この地に移築建設された。昭和8年(1933)、今上天皇がお生まれになった折に、陛下誕生奉祝行事の行列の出発点となったのが、この芝居小屋だと言われている。また、舞台の協にある穴の開いた石は現在の名滝橋が永久橋に架け替えられる以前、当時の木造の橋に使用されていた石の橋脚台である。

(瑞浪市下街道マップより)

舞台(寵所)と名滝橋の橋脚台

 江戸時代の終わり頃、名滝区内にある字西半入道のお墓の近くに建っていたと言われていましたが、台風によって舞台が倒れたため、明治10年(1876)、現在の名滝稲荷神社境内に移築建設されたと言われています。
 昭和8年(1933)、今上天皇がお生まれになった折に、陛下誕生奉祝行事の、行列の出発地点となったのが、この芝居小屋だと言われています。また、舞台の脇には、現在の名滝橋が永久橋に架け替えられる以前、当時の木造の橋に使用されていた石の橋脚台が残されています。
 現在の名滝橋のエ事は、昭和5年(1930)8月の土岐川の大洪水によって建設途中に全部流出し、橋の架け替え工事が大変遅れ、11月に完成したと伝えられています。

(土岐地区 郷土再発見より)


関連記事

  • カテゴリー

  • 地区

TOP