見宗山普済寺
本尊十一面観世音菩薩、臨済宗妙心寺派に属し、その昔、南北朝時代の観応3年(1352)名僧夢窓国師が、萩原河原に建てられた寺だといわれているが、その後の推移は不明である。
正保3年(1646)小田正宗寺の達道珍公首座によって、現在地に再建中興されたというが、以後の修復再建などについて詳らかでない。延享3年(1746)の紀年がある過去帳が残っている。
明治5年(1872)廃仏棄釈の風潮に従い一村が離檀したので寺は衰微したが、昭和18年(1943)に住職が亡くなるまでは法灯を守ってきた。その後は、兼住の寺となって今日に至っている。
(小里川ダムのふるさとより)