一色 稲荷神社
瑞浪市寺河戸町185-1
【祭神】宇迦之御魂命
【例祭日】10月第2日曜日
【由緒】素盞鳴尊の御子で、五穀の豊穣を護る御神である。応永年間(称光天皇御宇) この地に旭曜山清光院が建立されると、守設神として稲荷大明神を勧請された。天正年間(正親町天皇御宇)兵災によって焼失したが、元禄10年3月(1697年、東山天皇御宇)再興。現在の本殿は明治5年(1872年) 再建、拝殿は大正12年(1922年) 改築し今日に至る。
(岐阜県神社名鑑より)
祭神 宇迦之御魂命(うがのみたまのみこと)
稲荷神社
瑞浪市寺河戸町185番地の1
清光院と一体の変遷
一色稲荷神社は旭曜山清光院と隣接し、森もひとつづきになっているので、昔から深いつながりがあったことは容易に想像できますが、棟札を見ると全くその通りであったことがわかります。
一番古いのが元禄17年(1704)のもので、
奉上葺稲荷社頭
元禄十七年甲申二月吉祥
遷宮清光院辨海
と記してあります。およそ三百年前にはすでにこの神社が建てられており、清光院の辨海という人が祭事を行っています。
なお、屋根替え等に当たっては、御神体を清光院に遷座していたことも想像されます。
以後、江戸時代は勿論、明治22年拝殿再建の棟札まで、総てに清光院の名が残っており、明治26年鳥居修繕を記したものに初めて祠官(しかん)の名が出てまいりますから、創建以来明治の半ばまで、清光院によって祭事が行われていたと考えられます。
村の人々は、祭礼のことをはじめ社殿の修理や造営についても、清光院と一体になって神社を守ってきたものでしょう。
清光院は、約六百年前、三条権中納言橋本道常郷によって創建されたと伝えられる古寺で、幾度かの荒廃再興の歴史を秘めた由緒ある寺です。稲荷様とともにお詣りください。
なお、現在の本殿は明治五年再建のもの、拝殿は大正12年に改築されています。境内には末社として秋葉社・津島社が祀られ、古い石造物としては、文化9年(1812)建立の神前型燈籠等があります。
神社の前に大きな池
朱の鳥居の前、現在一色保育園になっている所は、昔潅漑用の大きな池で、夏には子ども達のよい遊び場でした。
石垣の上から飛び込んだり、もぐってさらさらした砂をすくい上げてきたり、格好の遊び場になっていましたが、水田や畑がどんどん宅地に変わり、急速に町の様相を呈するに至って、池はその使命を終え、埋め立てられた後に、昭和54年、保育園が建設開園されました。
昔の子供が水遊びをした所が、姿を変えて子供達の保育の場、楽しい遊び場になったというのも神意のなせるところでしょうか。
(瑞浪市の神社[H10発行]より)