鶴ヶ城(神箆城)御城印


■販売場所
きなぁた瑞浪 TEL0572-26-8617
加納屋商店 TEL0572-68-5655
アイボリーコースト TEL0572-68-4085
■販売価格
「鶴ヶ城」1枚300円
「神箆城」1枚300円
岐阜県瑞浪市の丘陵にそびえる鶴ヶ城(つるがじょう)は、鎌倉時代から戦国時代にかけて東濃地方の歴史を形作ってきた重要な拠点です。
この城の最大の名称の由来は、その地形にあります。本丸を中心に、東西に伸びる出丸(砦)などの配置が、あたかも「鶴が両翼を広げた姿」に見えることから名付けられたと伝えられています。史料によっては、古くからの地名に基づき「神箆(こうの)城」、「高野城」、あるいは国府之城や土岐城とも記されており、地域の中心地として長く親しまれてきました。
信長の戦略:対武田軍の「最前線基地」
戦国時代、織田信長はこの城を東濃支配における極めて重要な戦略拠点として重視しました。
- 鉄壁の防衛線: 武田勝頼の拠点である岩村城に対抗するため、信長は重要家臣の河尻秀隆に命じて城の改修と補強を徹底させ、重要な防衛ラインとしました。
- 天下人の着陣: 1582年の甲州征伐(武田征伐)の際、織田信長・信忠父子が自らこの城に宿泊・着陣した記録が残っており、単なる地方の城を超えた重みを持っていたことがうかがえます。
関ヶ原後の歩み:軍事拠点から行政の座へ
1600年の関ヶ原合戦において、鶴ヶ城は西軍(田丸氏方)の出城として機能していましたが、東軍に味方した小里・妻木勢の攻撃を受けて開城しました。
- 廃城と陣屋の設置: 合戦直後、軍事的な役割を終えた城そのものは廃城となりました。
- 岩村藩の統治拠点: しかしその歴史は終わらず、城下には岩村藩の陣屋が設置されました。明治維新まで土岐郡支配の拠点として機能し、周囲は下街道(善光寺街道)の宿場町としても大いににぎわいました。
城跡の見どころと文化財
現在は公園として整備され、歴史の息吹を間近に感じることができます。
- 戦国の遺構: 山頂の「千畳敷」と呼ばれる本丸跡を中心に、堀切、土塁、切岸などが良好に現存しています。中央自動車道の建設により一部は失われましたが、当時の柵穴や「葵の井戸」などが確認されています。
- 土岐双生竹(県指定天然記念物): 境内には、一根から二本生える珍しい「土岐双生竹(そうせいちく)」が自生しています。源頼政が怪鳥「鵺(ぬえ)」を退治した矢がこの竹で作られたという伝説も残っています。
- 土岐頼兼の墓: 1324年の正中の変で倒幕に殉じた忠臣・土岐頼兼を祀る神社と墓(自尽洞)が山頂や近隣にあり、瑞浪の英雄として今も慕われています。
【基本情報】
眺望: 山頂からは瑞浪盆地を一望でき、眼下には土岐川やJR中央線、遠くには御嶽山や白山を望むことができます
所在地: 岐阜県瑞浪市土岐町鶴城
標高: 約270m(比高 約80m)




灯籠
土岐町鶴城城跡入ロ (元文五・1740・単・角・市岡怒水・源兵衛)