





木造地蔵菩薩坐像
地蔵菩薩は大地の恵みを神格化した存在で、苦悩の人々を救済する仏として、お地蔵様の名称で親しまれています。日本での地蔵信仰の歴史は八世紀に始まり、平安時代後期の末法思想・浄土信仰の流行により急速に広まりました。その間、次第に延命、安産のほか幼児の守り神、道祖神などとしても信仰されるようになりました。
この地蔵菩薩はヒノキ材を用いた寄木造(よせぎづく)りの像で、表面を漆で固めています。坐高は131cm 、肩幅は70cm で、高さ28.5cmの六角形台座の上に置かれています。さらに六角形の台座は直径109cmの石の台座の上に置かれており、高さ21.5cm、肩幅9.5cmの胎内仏を有します。
石の台座に「正徳六丙申閏(うるう)二月吉日」の文字が彫られていることから、江戸時代中期の正徳六年(1716)に造立(ぞうりゅう)されたとみられますが、仏師の名前などは不明です。表面の漆が一部剥がれているものの遺存状態は良好で、現在は下一色公民館に隣接した延命堂に納められています。
なお、この像は他の村より何らかの理由で譲り受けたものと言われますが、その時期や理由などの詳細は明らかでありません。
地蔵菩薩石像

元禄十年(1697)光背 立像 宝珠 石龕 供養建立
石龕中の石仏は舟型光背の蓮座つきでその右側に、徳外宗漂庵主(とくがいそうたんあんじゆ)と刻銘されている外は、無刻銘ですが、弘法堂内の、和尚の位碑の記銘に元禄十丁丑二月十四日、帰寂、徳外宗漂庵主覚霊とあるので、庵主逝去後に、追善供養の為に建立されたと考られます。
石仏合龍の大きさは、高さ土台より屋根まで145cm、塔巾78cm、奥行62.5cm、庇(ひさし)がついています。
水鉢


正徳五年(1715)乙未歳 香鉢(台)
三界万霊塔
西国三十三所供養塔
明和四年(1767)自然碑 文字塔 西国三十三所観音館願主講中