三代守護 頼康の父 頼清(頼貞の子)は、頼貞、頼遠らと共に足利に戦功が多く建武三年(延元元年 1336)足利幕府が樹立されると伊予国守護となり、六月上洛の途中に摂州芥川で急死しました。瑞厳寺は頼康がその父の菩提寺として建立したもので開山は建仁寺、南禅寺の住職 僧海禅師です。
三国の大守護となった土岐氏の勢力を削減しようと将軍義満による「土岐征伐」の追討軍を受けた四代守護 康行が、これを迎えて戦った小島城もここです。
瑞厳寺西裏の美濃平野が一望できる高台に頼清と開基 頼康の二つの土鰻頭の墓が並んでおり、頼清の法名は瑞厳寺殿祥雲善孝大居士と言います。








