大富館は、美濃における土岐氏の最も古い拠点です。平安時代、源頼光の孫である源国房(みなもとの くにふさ)が、天喜5年(1057年)に初めてこの地(東美濃土岐郡大富の里)に住み、「美濃守」を称したことが土岐氏の始まりとされています。
土岐光衡(初代守護)
源頼朝より美濃守護に任じられた際、大富または一日市場(瑞浪市)に居館を構え、初めて「土岐」の姓を名乗りました。
土岐頼貞(室町初代守護)
初期に居館として使用していましたが、晩年は高田(多治見市)へ隠棲しました。
土岐頼遠(二代守護)
父・頼貞からこの館を譲り受けましたが、美濃全体を統治するには東に寄りすぎているという理由から、拠点を長森城(岐阜市)へ移しました。
大富館は土岐川の北側に位置しています。川を挟んだ対岸には、承久の乱後に土岐光行が隠棲した浅野館があり、この両館が相対することで土岐郷の西の門戸(入り口)を固める重要な防衛線を形成していました。
都市計画などの影響で当時の面影は少なくなっていますが、一基の標柱と一本の大きな樫(かし)の木が残されており、そこが館跡の目印となっています。
大富館は、土岐氏が美濃の守護として200年にわたる繁栄を築く以前の、一族の根源的な場所です。鎌倉時代から室町時代初期にかけての土岐氏主力の動向を知る上で、一日市場居館や浅野館と並び欠かせない史跡です。



