鳥居石
市原は江戸中期まで神箆清水村の枝郷で清水八幡宮を産土神としていました。
参拝するにも川を渡って遠方まで行かねばならないので、石に鳥居を刻み、村民はこれを代わりに参拝したとのことです。昔は、中島の庚申堂の付近にありましたが、壊されたため現在は道路の東側にあります。
市原の水神
宝暦7年(1755)市原村と一日市場村は土岐川、川敷論で争論し岩村出訴内済後、十三河原の川上に井堰を新設、現市原製陶所の下のサバ岩をくりぬいて市原の中島へ水路を設定し米増産をはかりました。水路が完成後のこの水神を建立しました。






