★美濃源氏土岐一族

船田合戦終焉の地 城田寺跡 城田寺城跡 舎衛寺 岐阜県 岐阜市 城田寺

船田合戦城田寺の戦

 明応年間、美濃守護土岐成頼の家督を巡り、正室の子政房を推す斉藤利国と、側室の子元頼を推す石丸利光が対立し、船田合戦が勃発した。争いは美濃一国に広がり、尾張・近江・越前など諸国の軍勢を巻き込む大乱となった。明応五年、石丸方は近江より進軍し舎衛寺を本陣としたが、斉藤方は加納・金華山から総攻撃を開始し、小山・富塚など諸陣を攻略した。包囲された舎衛寺で利光は自害し、元頼も殉死。二年に及ぶ船田合戦は城田寺の戦をもって終結した。

舎衛寺(旧城田寺)

 舎衛寺は創建年代不詳で、古くは城田寺と称した。神亀二年(728)白山権現を勧請し、天平元年には聖武天皇の勅願寺となり栄えた。天慶五年(942)、玉幡飛来の霊瑞により寺名を舎衛寺、山号を尤勝山と改め、以後も歴代天皇・法皇の崇敬を受け大伽藍を形成した。しかし明応四年(1495)船田合戦が起こり、翌年斉藤方に包囲され、石丸父子らが当寺で自刃、壮麗な堂塔は焼失した。その後復興が試みられたが旧観には戻らず、今は合戦終焉の地として往時を伝えるのみである。


城田寺砦跡 本陣池

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