頼世の子 頼益は父と共に康行征伐に戦功があり、応永四年父の没後土岐総領となって六代美濃守護、美濃守となりました。
大安寺は頼益の開基で、将軍義満に信頼されて家名を挙げた頼益は応永ニ十一年(1414)六十四歳の天寿を全うし、四月四日に残してここに葬られました。
墓は大安寺の南墓地に整備されてあり、土岐三代の執権 斉藤利永(法名 龐厳大功宗輔居士 寛正元年五月ニ十七日卒)のものと並んで宝篋印塔が残っています。
頼益の法名は興善院殿寿岳常保大居士といいます。









頼世の子 頼益は父と共に康行征伐に戦功があり、応永四年父の没後土岐総領となって六代美濃守護、美濃守となりました。
大安寺は頼益の開基で、将軍義満に信頼されて家名を挙げた頼益は応永ニ十一年(1414)六十四歳の天寿を全うし、四月四日に残してここに葬られました。
墓は大安寺の南墓地に整備されてあり、土岐三代の執権 斉藤利永(法名 龐厳大功宗輔居士 寛正元年五月ニ十七日卒)のものと並んで宝篋印塔が残っています。
頼益の法名は興善院殿寿岳常保大居士といいます。








